佳奈役 只埜なつみ作 劇中官能小説オリジナル原稿
罪の淵 只埜なつみ
あ、と思った瞬間、窓の外でちらちらと舞う雪はいっそう強くなって、しんと静まりかえる街は私を不安にさせた。すぐに帰らなければ、と思えば思うほど、ただ焦りだけが胸にこみ上げ、身体は根を張ったようにダブルベッドのシーツに沈み混んでいく。ただじっと窓の外を見つめる私の背中に、男のがっしりとした胸が当たり、武骨な指が乳房にあてがわれた。
「どうした?」
と訊く男の声は、私を捉えて離さない。
「え、雪. . .」
「え?あぁ. . .」
だからどうしたのだという風に、男が胸を揉みしだき始めた。大きな手は私の小ぶりな胸を容易に覆い、外側から内側へと強く揉まれる。痛い、と思いながらも、抗う事なくただ受け入れていく。もういっそのこと、全部埋め尽くしてくれればいいのに、と願う。真っ白になって、全部消えてほしい. . .。
暖かい部屋と男の体温で、全てが曖昧になっていく。外の寒さを思えば思うほど身体は弛緩して、無抵抗な私は捕らえられた獲物のように、なす術もなく男の言いなりになっていく。
「ねぇ、もう帰らなくちゃ. . .」
乳房を弄ばれながら呟くが、聞こえているのかいないのか、男はそれに応える事なく、息を乱していく。
「・・・もうだめ・・・」
抗えば抗うほど、男は体温を熱くし、私の身体に手のひらを這わせてくる。それは何か別の生き物のように身体の至る所を這い周り、やがて私の秘所に辿り着いた。男は中指を立て、つーっとそれをなぞった。
「まだこんなに濡れてる」
男は中指と親指を使って、そのねっとりとした愛液を私に見せつけた。
急激に顔が火照るのを感じた。
夫以外の男で、こんなにも感じてしまうなんて、私は・・・
恥ずかしさと申し訳なさが同時に込み上げ、身体がそわそわしてしまう。それを察したかのように、男はその指を、今度は私の中へと差し入れてきた。
「だめ・・・!本当にもう帰らなくちゃ・・・!!」
焦った私は、思いのほか強くそれを拒んでしまった。まずい、と思った矢先
「分かったよ」
と男は溜め息をつき、ベッドから身を起こしバスルームへと向かっていった。その背中には呆れが滲んでいる。ベッドに取り残された身体はあまりにも惨めで、しんしんと雪が積もっていく音が聞こえた気がした。
帰宅する頃にはすっかり雪はやんでしまって、玄関のポーチに植えた草花はうっすらと白く染まっていた。玄関の扉の前で、鏡を取り出しさっとチェックする。おかしな所はないだろうか・・・いや、あったとしても、彼は絶対に気付かない。そう思うと、全てが空々しく思えてきた。そうだ、何が悪いというのだろう。何も悪くない。何も・・・。
男とはもう2年程続いている。
結婚して1年が経った頃、夫の浮気が発覚した。私よりも随分年下の、22歳の部下だった。あまりの怒りと虚しさに、私は半ば投げ出すように家を飛び出した。ビジネスホテルを転々とする日々、何もかもがどうでもよくなって入ったホテル近くのバーに、男はいた。カウンターに腰掛けた背中は大柄でいて、腰周りはすっと引き締まってる。私は男の隣に座り、バーテンダーに注文した。
「バランタインのダブル、オンザロックで」
すると隣から、ふふっと笑う声が聞こえてきた。振り返ると、僕も同じの、とグラスをカランと振りながら微笑む男がいた。大柄な体型からは想像もつかなかった優しい微笑みに、数日間張り詰めていた緊張が、すっと和らいでいくのが分かった。くしゃっと笑うその顔は、何故か私を安心させた。それと同時に、私はこれから堕ちていくのだという妖しい予感を誘って、私はオンザロックをぐっと煽った。
夫は既にベッドに横になっていた。
私は簡単にシャワーを済ませ、ベッドに横になった。
「遅かったじゃない」
と夫が私の方に向き直ってきた。もう眠りについているとばかり思っていた私は、思わずはっとしてしまった。
「まだ起きてたんだ」
平静を装うが、顔が歪んでしまってはいないか気になった。
「ごめんなさい・・・なかなか抜け出せなくて」帰り際に考えた言い訳を口にする。
「すごい雪だったのになかなか帰ってこないからさ、心配してたんだよ」
嘘、と思う。彼が私の事を心配なんてするはずなんてない。もう愛なんて、とうの昔に枯れ果てている。
「ねぇ、目が冴えちゃったからさ、ちょっとしようよ」来た、と私は身構えた。
浮気が発覚し、私が家に戻ってからというもの、夫は急に私を丁重に扱うようになった。物腰柔らかく、私がしたいことには何でも応えた。しかしそれは、本当の優しさからは程遠いものだと知っていた。私がまた居なくなることが怖いのだ、と悟った時、彼の小ささにうんざりした。本当の核の問題からは目を背け続け、ただ優しいふりをして接していればいいのだ。夫婦ごっこ、と私は胸の中で呟いた。夫婦ごっこをしているのだ、私達は・・・。男を呆れさせてまで帰宅したことが、馬鹿々しく思えてきた。こんな生活に、何の意味があるのだろう。
そう感じながらも夫の欲望に応えるのは、私も、この関係がなくなる事が怖いのだ、と思い至る。自分の卑怯さに叫びだしそうになった。
「パジャマ、脱いで」
私は素直に応じる。露になった乳房に、夫が舌を這わせてくる。乳首を舐めあげながら、ショーツの隙間から指を入れ、秘所をまさぐってきた。全く濡れていない事がわかると、夫は指を舐め、強引に割り入れて来る。少しの間中を掻き回されていると、自分でも濡れてくるのが分かった。刺激に従順な身体に、嫌気がさす。夫はすかさずショーツを脱がせ、尖りきった肉棒を挿入した。下から見る夫の顔は、熱い体温とは裏腹に冷めきっていた。そんなことにはもう慣れてしまっている。お互いに、感じているふりをするのだ。
男に会いたい、と思った。あの武骨な指で身体中を触られる事の、どれだけ気持ちいいことか・・・。想像し、ぎゅっと目をつむると、快楽がふつふつと沸き上がっていくのがわかった。
「あ・・・あぁあ」
思わず声が漏れると、夫はピッチを上げてピストンし始めた。気持ちよさに溺れそうになるのを必死で堪えるが、一度始まった彼の妄想と激しいピストンに、抗いようのない快楽がおしよせてくる。
男のきめ細かい艶やかな肌、ごつごつした背中の感触、薄い唇、身体中を這うざらざらとした舌先、そして・・・・
「あぁぁ・・・だめ、イく、イっちゃう!」
気持ちよさに私は背中をのけ反らせた。全身が痙攣する。しかし夫は速度を緩めることなく、激しく私の中を突き上げた。
「俺もイく・・・・あぁ!!」
その瞬間、夫は私の中に勢いよく放った。どくどくと脈打つ感触が伝わってくる。はぁはぁと息を弾ませながら、夫は汗の滲んだ身体を私から離し、そのまま背を向けベッドに沈んだ。私は薄暗い天井を見つめたまま、男のくしゃっとした笑顔を思い出していた。
再び男と会ったのは、それから数日後のことだった。
「前回のお詫びに、次はゆっくり会いたい」とメールしたところ、短く「分かった」と返信があった。繁華街にあるいつものホテルで落ち合う約束を取り付けた直後から、私の心は浮き立っていた。やはり、と思う。彼なしでは、私の生活はたち行かなくなるだろう。どれだけ罪な関係性であったとしても、あの家で夫と2人で過ごすだけの生活では、やがて窒息してしまう。そう確信していた。人混みをかき分けロビーに到着した頃、ちょうど男も到着し、手を振ってきた。夫とした時に彼の妄想で極地に至った事を思い出し、既に堪らなくなってしまっていた。私はこの男の多くを知らないし、男も私の多くを知らない。それでも、私にはこの男がどうしようもなく必要なのだった。
部屋に入るなり、男は唇を重ねてきた。
いきなり舌を絡め、口の中を覆ってくる。私はそれに応え、彼の舌に吸い付き、絡め熱いキスを交わす。
「あれから、ずっとしたかった」唇を離した瞬間、彼が呟いた。
「私も」
と男の熱い吐息を受けながら強く抱擁する。男の背は高く、私は男に埋もれる形になる。男の手がスカートの中に滑り込んできた。ショーツの上から指で強く擦られ、思わず声が漏れてしまう。
「あ・・・ねぇ、ベッドで・・・」
男はそれを無視し、擦り続ける。次第にショーツ越しでもわかるくるくらいぐっしょりと濡れ始めた。
「またこんなに濡らして・・・」
そう言って男は、今度はショーツの中に指を差し入れた。そこはもうどろどろに濡れ、太ももの方まで愛液を垂らしている。男はそれを愛おしげになぞり上げ、指を中へと侵入させた。
「あぁああ!!」
その瞬間、電流に撃たれたような快感が身体の中心を駆け抜けた。中指と薬指を使って、中を掻き回される。くちゅっくちゅっといやらしい音を立てながら、どんどん愛液が溢れだしてくる。ショーツをだらしなく濡らしながら、私はされるがままになった。
「ねぇ・・・もう、欲しい」
「まだダメだ」
懇願するように彼を見つめたが、その願いは無惨にも却下されてしまった。男は指を抜き、そのまま手を引いて私をベッドまでエスコートする。ベッドの前まで来たところで、服を全て脱がされてしまった。
「私だけ裸なんて、恥ずかしい・・・」
「美しいよ」
男は私の裸を見つめ、称賛した。
恥ずかしさで顔が火照るのを感じた。美しいと言われたのなんて、いつ以来だろうか。
男は私をベッドに横たえさせ、両足を開いた。
「や・・・恥ずかしい」
男はそこもたっぷりと視姦したのち、両足の間に沈み混んだ。そして、舌を使って秘所の周りを丁寧に、焦らすように舐めあげていく。
「あぁ・・・あああ!」
あまりの気持ちよさに、舐められている箇所から溶けていってしまいそうな感覚に陥っていく。どろどろに溶け、もう存在も自体もなくなってしまいそうな程の快感に私は爪先を立てた。男は私の一番尖りきった先端を、舌先でぺろっと舐めた。
「ああ!!!」
頭の先まで突き抜ける快感がほとばしった。
太ももの付け根からがくがくと震えてしまう。
「そんな、ダメ・・・イっちゃう!」
男はすかさず身体を起こし、自らのベルトに手をかけた。露になったそれは、腹につきそうな程そそり立ち、尖りきっている。
「それ・・・早くちょうだい」
二度目の懇願に、男は素直に応じた。ズボンを脱ぎ捨て、尖りきったそれを私の秘所へとあてがい、擦り付ける。もうそこは我慢ならないとばかりに濡れそぼっていた。入り口をくるくると掻き回され、ぐちゅぐちゅと音を立てる。そして男は、いっきに私の中へと挿入した。
「あああああ!!」
熱いそれは私の中を貫き、ピリピリとした気持ちよさが身体の内側へと伝わってくる。男は呻き声をあげながら、ゆっくりと前後に腰を動かした。
私は彼のごつごつとした背中に腕を回す。
「ねぇ・・・もっと、もっと欲しい」
そう言って見つめた男の顔は、快楽で歪んでいる。あぁ、今この瞬間が、何よりも生きている心地がする・・・感嘆の声をあげそうになるのを堪えながら、私はしっかりと男を見つめた。罪の淵に立ちながら、私はこれほどまでに感じている。全身を歓喜させ、ずぶ濡れになり、浴びる快楽。喜悦の先に待っているものがたとへ絶望であってもかまわない。今私は、全力でこの快楽を享受するのだ。
男は激しく動き始めた。たまに緩めては、奥をぐっと突き、刺激してくる。もっと、もっと私を犯して。罪の底まで突き落として・・・。快楽の波が寄せては返す。奥を突かれるたびに刺激が走る全身が、悦びを伝えてくる。男も私にしがみつき、腰を振り続ける。
じっとりと汗ばんだその身体は、熱を帯びている。
「あぁ・・・イきそう・・・」
熱い吐息を吐き、男が私の耳元で呟いた。
「なか・・・中に出して」
快楽が急速に駆け上がっていく。
この瞬間が、ずっと続いて欲しいと願う。
「あ・・・イく・・・!」
男が私の中で爆ぜた。時折激しく腰を打ちつけながら、快感に震えている。あぁ、なんて愛おしいのだろう。彼の鼓動が私の胸で跳ねている。いつかきっと別れの時がくるのだろう。それでも、一度堕ちてしまえば、もう後戻りすることは出来ない。今この幸せを噛み締めるように、私は男の背中にぎゅっとしがみついた。